大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和34年(う)1811号 判決

被告人 榎本辰雄

〔抄 録〕

原判決書によれば、原判決が其の理由中罪となるべき事実として、被告人は昭和三十三年十一月二十日午後十時十分頃東京都台東区浅草公園一区十三号附近道路において同所通行中の大島歳雄外六名を所謂エロシヨウに勧誘するため「花電車でも見て行きませんか」等と申し向けて同人等の身辺に群がつて立ち退こうとしなかつたものである旨の軽犯罪法違反の有罪事実を認定判示して居ることは所論摘録のとおりである。之に対し各所論の要旨は(一)被告人は原判示のように右判示場所に於ては大島歳雄外六名等の身辺に群がりエロシヨウに勧誘した事はない。被告人が大島歳雄外六名と出会いエロシヨウの観賞を勧めたのは、浅草雷門二丁目の新仲見世通りと仲見世通りが交叉する十字路附近であることは被告人の司法警察員に対する供述、原審証人大島歳雄、同久保田平作の各証言で明白で、被告人は右十字路附近で大島歳雄外六名に出合い、エロシヨウを見て呉れと声をかけ、同人等が之に応じたので、白々花電車を見せる約束を為し、同人等を案内し数丁離れた右原判示場所に到つた際顔見知りの警察官に会い現行犯として逮捕されたものである。(二)被告人は原判示のように右場所は勿論其の他の場所でも大島歳雄外六名の身辺に群がつて立ち退こうとしなかつた事実はない。其の時被告人は一人で居たのだから群がれる筈はない。また不安若くは迷惑を覚えさせるような仕方でつきまとつたこともない。尤も原審証人大島歳雄の証言中つきまとわれてうるさかつた旨の供述があるが、右は誘導訊問で「つきまとわれてうるさかつたか」との問に対し「さうです」と答えたのに過ぎない許りでなく、右大島歳雄等七名は北海道から病院視察の為め上京し、上野に宿を取り、浅草の観音様へ参拝に赴いたのだと云うが、観音様へ参拝もせず仲見世通りの途中から白々等の見物に誘われる侭左折した状況に照らし、迷惑でなかつたことも明らかで、この点に関する同証人の供述は措信し難い。其の他被告人が逮捕された際右大島歳雄等の取つた行動、右原審証人大島歳雄、同久保田平作等の供述中前後矛盾した点より見るも到底原判示事実を認定することは出来ない。以上のとおり原判決は審理を尽さず、事実を誤認した違法があつて、其の違法が判決に影響を及ぼすことが明らかであると云うに在る。

案ずるに原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判示大島歳雄外六名は昭和三十三年十一月二十日北海道から病院視察の為め上京し、上野附近に宿を取り、夜浅草に出掛け、浅草雷門新仲見世通りと仲見世通りの交叉する十字路附近で被告人と出会い、被告人に案内され右十字路より数丁離れた原判示浅草公園一区十三号附近に到つた際同所に於て被告人が逮捕された事実を認めることができる。

而して軽犯罪法第一条第二十八号に所謂「他人の身辺に群がつて立ち退こうとせず」とは人の身辺を多数人がとりまき立ち退こうとしないことを云うものと解すべきところ、第一、前示証拠によれば、原判決が犯行場所として摘示する原判示浅草公園一区十三号附近に於ては、被告人が一人で大島歳雄外六名を案内して居たことが明らかで、原判決摘示のように被告人が大島歳雄外六名の身辺に群がつて立ち退こうとしなかつたとの点は、原判決挙示の証拠其の他記録に現われた総ての証拠を以てしても之を肯認するに足る資料のないことは所論の指摘するとおりである。第二、そこで右場所以外である浅草雷門新仲見世通りと仲見世通りの交叉する十字路附近から被告人が逮捕された浅草公園一区十三号附近迄の間に付被告人の行動を考察するに、其の間においても前同様被告人は終始一人であつたことが明らかで、他数名と共に大島歳雄外六名の身辺をとりまき立ち退こうとしなかつたとの点は、原判決挙示の証拠によるも之を認定するに足る資料は全然みあたらない。尤も原審証人大島歳雄の証人訊問調書等中に被告人が「右十字路附近に於ていい所を案内するからと云つて十五米か二十米位くつついて来て大島歳雄外六名につきまとつてうるさかつた」旨の供述記載があるけれども、右供述記載に関する部分は本件起訴状に訴因として記載されて居ない許りでなく、当審証人大島歳雄の供述及び当審に於ける現場検証の結果に徴し到底措信することが出来ない。即ち被告人は浅草雷門仲見世通りを客引の目的で一人で歩いて居たとき、浅草観音様に向い歩行中の大島歳雄外六名に出会い、頭を下げエロシヨウを勧誘したところ、大島歳雄等は之に応じ直ちに仲見世通りを左折し被告人に案内され、そこから数丁離れた原判示浅草公園一区十三号に到つたのに過ぎなく、右大島歳雄等にとつて迷惑ではなかつたことを窺うに十分である。以上のとおり原判決認定の本件起訴状記載の公訴事実は其の証明がないことに帰するので、被告人に対し無罪を言渡すべきに拘らず有罪の認定を為した原判決には、所論指摘のとおり判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認があつて、原判決は到底破棄を免れない。論旨は理由がある。

(山田 滝沢 鈴木)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!